女工哀歌 -CHINA BLUE-in private

 
date:2009.07.17   posted by:maeda
 

前田です。

女工哀歌 -CHINA BLUE-という映画を観ました。だいぶ前に予告編を見て気になったもののすっかり忘れてたのを偶然DVDで見つけたので。

映画のサブタイトルに使われている『CHINA BLUE』とはいわゆる青磁色のこと。前世紀の輸出の象徴だったブルーの磁器は今やデニムのジーンズに取って代わられた、というわけです。

まず思い出したのは、スポーツ用品メーカーのアジアでの児童労働問題による不買運動。ナイキは問題の工場との契約を打ち切り生産を他の工場に移したが根本的な解決には至らなかった、一方で地域に宿舎や学校を建てて生産者のQOL向上に積極的に協力したメーカーもあった、というような話で経営やCSRの話でよく聞きました。

この映画の全体的な感想をひとことで言えば「中国の経済発展のダイナミズムと女性のたくましさを感じる作品」でしょうか。

主人公の少女はジーンズ工場の糸切り係としてただひたすら糸を切る毎日。しかし、とにかく悲壮感がないというか、ハードな仕事以外は休憩の合間を縫って遊びに行ったり友人の恋人の話など普通の少女の日常を描いていることもあり、少なくとも未来は暗くないことを予感させます。

すごく個人的な視点で言うと、それだけやればいいっていう仕事はある意味地獄だけどある意味幸せかもしれない、と思います。それは自分のためではなく人のためにこそできることで、家族に仕送りをするために死ぬほど働きジーンズの山の中で眠っているのがとっても気持ち良さそうでした。

そしてそんな純粋な少女達が「こんな大きなズボン誰が履くんだろう?」と疑問を持つその相手は、余すところなく世界各国に資本主義によるグローバリゼーションを推し進め冨をかき集めてブクブクに太ったアメリカ(人)というわけです。

少し前に金融危機の反省について書かれた記事を読んで、「GREED(強欲)」という単語が印象的でした。個人的にスポーツに精を出しているのですごく感じることですが、余計なひと口が余計なウェスト1cmにつながるわけで、経済活動も同じです。企業の利益追求は否定しないし必要なものは取っていい、ただ不要なものまで根こそぎ取るのは強欲だってことです。重要なのは足るを知るってことだということを考えさせられました。

この映画に出てくる少女達はボロボロの服を着ているわけでもなければひどく痩せているわけでもなく、ごくごく普通の女の子です。今は全く立場が異なる2つの国だけど20年後にこの少女達がブクブクに太ったオバサンになってないことを祈りたいと思います。

 
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